不幸になっているのに信心で乗り越えたという創価学会員2

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不幸になっているのに信心で乗り越えたという創価学会員に続きです。最近の傾向だと不幸の現象でもそれでも不幸でも屁理屈を言う創価学会員が多い。ある大きな創価学会の会合で両眼摘出体験談があったらしいがこれは罰の現象ではないのか?


論理的に考えてなぜ創価学会に不幸な現象があるのかは『偽本尊』の影響を受けていることは言うまでもないのだ。御書にもそのことは裏付けがある。『開眼供養せざれば家に主なきに盗人が入り、人の死するに其(そ)の身に鬼神入るが如し』『木絵二像開眼の事』



開眼供養がない本尊に祈ればどうなるかは御書に書いてあるのだこれは恐ろしいことだ。姿かたちは日蓮正宗の御本尊に似ているが開眼供養されてない物は魔の住みかになっているお札である。そんなものを拝めば不幸になるのは目に見えているだろう。そこのところを気が付いてほしい。






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by japan2017mjp | 2018-05-20 20:30 | 創価学会 | Comments(0)